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picture たまに読書

HN harborが撮った写真や絵をアップしていきたいと思います。たまに読書とか、たわいもない話から、真面目な話など。お笑いなんかも・・・

哀しい生き物Ⅵ

哀しい生き物Ⅵ

 真理子の酒量は常軌を逸していた.。もともとお酒の量が多かった真理子だが、楽しく笑い、飲み、開放される・・・同席者達へも、皆に平等に振る舞い、楽しいお酒のみだった。まだ、早乙女君に合う前に、頭が空っぽ男共に頻繁に、バーに誘われた。誘われて悪い気はしないので、ついてもいっていた。カフェバーなんかがやたらとあった時代だ。馬鹿な男は、酔っ払わせれば、女はオチルと本気で信じているようだった。最後の決め手はスクリュードライバー、必ずだった
カラオケパブで、浜田省吾の『もうひとつの土曜日』を歌う野郎がいるように・・・いまとなっては、白亜紀のような化石たち・・・

 食前酒でホワイトのカクテルドレスを着たときは、マルガリーターを注文すれば、マルガリーターに関するうんちくをきかされ、シンガポールスリングを頼めば、またうんちく・・・閉口ではあるが、慣れてしまえば、いい気持ちになるし、麻布のバーで飲んでいる自分は、田舎で育った私を、なんかワンランクもツウランクも階層を登ったような感じがしていた。そんな自分を愛してもいた。スクリュー・ドライバーは、ウォッカベースで作ることを、誘った男友達の何人が知っているか怪しかった。そこでスクリュ-・ドライバーなんかで酔わないように、ウォッカを生地で飲む訓練をつんでいた。

 それから10年。今、飲んでいるのは、ワンカップと、自販機で買う、980円のウィスキーのボトルだった。
 生きがいがない・・・何のために生きているか判らない。生きる目的もない。その悲しみを埋めてくれるのは、お酒しかなかった。
 夫がいてくれる夜はいい。が、夫が会社に行ってしまい、しらけた日常が来る白日。もう、お酒は今日でやめよう、今日でやめようと念じつつ、それでも止められなかった。浜田省吾の『もうひとつの土曜日』でなんかでオチル女の子の気持ちがわかった。
 お化粧も・・っていうか鏡で自分の顔を観るのがイヤだった。若く美しい自分。砂時計のように、こぼれ落ちていく、容色の美しさ・・・喪失。真理子が生きていくには、或いは今日をこなすのは、お酒しかなかったのだ。
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  1. 2015/06/07(日) 14:04:30|
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哀しい生き物Ⅴ

 哀しい生き物Ⅴ

 真理子は三十を過ぎて、自分の容色が、著しく劣化していることに驚いた。「えっー、私、こんなにシミや雀斑が多かったの?何時からだろう・・そう思っても、正確にはわからなかった。もう、三十だ。性的魅力では、そのへんのギャルには負けないが、あきらかに、彼女達から見れば、オバサンの烙印を押されることは間違いがなかった。三十を過ぎるなんて思っても見なかった。学生の頃は、自分のこの容色が衰えたら、いつでも死のほうを選ぶと思っていた。
 世の中を、否、世間をなめていた。
 美しいままの時に死にたい。それゆえ、早乙女君に若く美しい私のベストの肖像写真が欲しいと願い出たのが、そもそもの二人のキッカケだったとは前述した。その写真は、いまだに真理子の手元にある。、その容色のベストの写真を額に入れて、押入れの奥にしまったままであるのを、早乙女君、否、今では夫の知るよしもない秘密だった。自分が撮った写真を、遺影写真にしようとしているのが、我妻だとは・・・というより・・・

 こう思考を巡らし続けたが、ここで真理子は、突然 カッとなった。「あんな写真があるからだは。なんで早乙女君は、あの時、私の肖像写真なんかを撮ったのよ。いくらこっちから頼んだって、承諾するべきではなかたのよ。
 それで、私を撮って、展示までして・・・私、あのときから全ての歯車が狂いだしたの。」私がこうなたのは、夫のせいよ。なにいが早乙女財閥よ・・・は、は、はー だは。真理子はチラッと夫を見る。最初の頃は、おろおろして、狼狽していたが、安酒をあおるだけあおり、くだをまく真理子の世話はもうこれ以上やけないと思い始めていたようだった。。(つづく)
  1. 2015/05/12(火) 20:15:23|
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哀しい生き物Ⅳ

哀しい生き物


 彼の渋谷区、松涛の中でも一等地にある大豪邸に招かれた日の事は忘れない。彼の母の奇異さに驚かされた。
 まるで、ドラマの野際陽子さんが、そのまま、要るようなたたずまいだった。和服姿で、少し色の入った眼鏡。
 いかにも、お金持ちのご婦人、そのまんまの高そうな眼鏡のフレームだった。時計はブルガリだ。

 「あなた、真理子さん?」あなたの家は、裏ですか、表ですかと聞かれて、質問の意味が解らなかった。アパートの間取りだと思い、裏です。と答えた。早乙女の家は(我が家とは言わなかった)表ですから・・・というので、そうだよなー、この松涛で日当りのいい、真表に面した大豪邸だもナーと思った。これからは、表を習ってください。」という宣言に、また、意味が解らなかった。表を習ってくださいって言っても、習う?私は建築家を目指しているわけではないし・・・気まずい沈黙の後、恐る恐る聞いてみた。「お茶に決まっているでしょう。」と、にべもなく答えられてしまった。

 「息子が初めて家にガールフレンドを連れてきたのですから、歓迎の意味をこめて、貴女を、お正客として、お茶を私が、たてますから。」「あなたは、裏千家なのですね・・・」いえ、いま、足を捻挫していまして、正座に耐えられず、折角のお母様のお茶席での私の無礼な所作の振る舞いになっては申しわけがありませんから・・・とかなんとかいってごまかした。

 貴女の、踊りの流派は・・・これまた、ディスコの踊りのことだと思ったので、パラパラです。と答えた。渋J流とマハラジャ流がありますが、私は渋J派ですと、自信を持って答えた。が、これもいけなかった。

 ガールフレンド失格の烙印を初日から押されてしまったマリリンだった。
  1. 2013/12/30(月) 00:47:51|
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哀しい生き物Ⅲ

哀しい生き物Ⅲ

 マリリンという渾名がついたのは、本名が神宮寺真理子だったからだ。田舎から、一人、東京に出て、思い切り羽を伸ばし、そしてまた背伸びをして、いきがっていたころだ。とにかく、女子大生だ。女子大生はバブルの頃、それは、それは珍重された。そして若く、美しいことは大きな武器だった。
 自分に自信を持つには裏づけが必用だ。4月、キャンッパスに通いだすと、様々なサークルや、文化連合会の部の勧誘に驚いた。とにかく、女子大生なのだし、立教なら、テニス・スキーのサークルでしょうと思っていた。勧誘の季節、大学のサークル勧誘は、女性の場合、容貌がなによりもものを言うことが分った。ただ、サークルのチラシを貰うだけの子と、2,3人の男子に囲まれ、入部を懇願される子と・・・もちろんマリリンは後者だった
 私が歩けば、男性にすぐ囲まれ、それを潜り抜けると、また囲まれる。女王様気分を味わえた。そして、某、テニスサークルに入った。春夏秋はテニスで、冬は、スキーサークルになるという軽薄なサークルだったが、去年まで高校生だった真理子は、いつか本物の時代が来ることまでは予測できなかった。いつまでも、お祭り騒ぎの経済は終ることなく、4年間は学生として、猶予が与えられている身分だと思っていた。
 
 立教のマリリンの伝説はこのサークルから始まるといっても過言ではなかった。

 夫になった早乙女剛君とは、三年次に知り合った。1,2年のサークル活動で、なにか物足りなさを感じていた頃だ。車の話しや、ゴルフの話しや、女の子の話しばかり・・・もっと根源的で、心の深淵に響くような話し、文学や、哲学などのお話が出来ないサークルの男の子に飽きた頃だった。
 そろそろ本格的に勉強しようと思い出していたのもこの頃だ。

 マリリンが二年生の頃、卒業アルバム委員会という団体が、4年生の卒業写真をとるという告知のポスターが学校中に貼られていた。そこに物凄く美しい女性の横顔の写真があった。こんなにも女性を美しく写真を撮れる人がいるなんて・・・
 真理子は写真部の部室を訪れ、この写真を撮ったのは、誰なのかを聞いた。すると早乙女剛君だと分った。かれの才能にほれ込んだ。
 部の兼部は禁止されていたが、早乙女君は、文芸部に籍を置き、写真部にも関わりを持っていた。いったいどんな男性が・・・

 私の美。それにくさびを打ち込むには、ベストの写真を撮ってもらえるか、それか、自殺するしかないだろうとマリリンは思っていた。
 しかし彼女は知らなかった。ベストの遺影写真を取ってもらえば、生きていく理由がなくなるということを・・・
 早乙女君は、プリンスだった。私が緊張するくらい・・・早乙女君は、私を前にして長い髪の毛をしきりにかきあげていた。
 一通りの話しを私は早乙女君にお願いした。快諾だった。そして、写真に撮ってもらった。私、綺麗。そう思った。早乙女君と学園祭の時、展示した写真は好評だった。
それで三年次に、ミスコンの話しがあった・・・

 写真の技術だけではなく、早乙女君は、ものごとを噛み砕いて、教えるのが上手かった。私は、二年次に、塾講師のアルバイトをして、英・国・日本史の授業を担当していた。そこで生徒から「先生!想像と、空想と、妄想の」違いが分らないのですけど・・・という質問があった。辞書で調べたらと言ったら、生徒はそれでも、解るようですけど解らないと言うので、私も考えた。リアルからだんだん、離れていっちゃうってことかな、と言うのがやっとだった。
 カフェテラスで、早乙女君にどう思う?と言うと、しばし黙考したが、こう答えてくれた。

 「想像」は
 ビートルズのジョンレノンが、日本公演に来たっとき、こんな風にギターを
演奏したのかも・・・と思うのが想像。
 「空想」は
ジョンレノンが、イマジンという歌の中で、理想の国家感、宗教観を歌ったのが空想
 「妄想」は
俺は絶対、ジョンレノンの生まれ変わりだーと一方的に主張したのが妄想。

 私は感心してしまった。

 早乙女君が、早乙女ビルの御曹司だとは、その時、知る由もなかった。
  1. 2013/10/06(日) 05:33:13|
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哀しい生き物 Ⅱ

 哀しい生き物Ⅱ


 彼との離婚が決定的になったのは、タイタニックという映画のビデオだった。彼が借りてきて、二人で観たから

だった。

 そのころは映画館いさへ行けないほどの経済状態だった。そしてタイタニックを観た。世界中でヒットしただけ

あって確かに良かった。夫も、満足げだった。感動しすぎて、手元の麦茶さへ、こぼしたほどだった。

 彼は私に、「どう!このタイタニックという映画」と欣喜雀躍という風情で聴いてきたのが私の癇に障った。

 「タイタニックねー!世界中でヒットしただけあって確かに良かったはよ!でも、きっとこの映画の脚本家と監

督は、男性ね!「男性脚本家が女性心理を描く限界を感じるのよ!

[何故、そうなるの?]と夫が聴いてきたので、さらに怒り心頭に発した。

 ヒロインは嫌いなフィアンセからもらった、奇跡の宝石を、自分が着ている服のポッケから見つけたら、海に捨て

るでしょう。そこが男性脚本家が女を描く限界なのよ!

 本当の大人の女だったら、初めて大恋愛した男が、死のうが生きまいが、その宝石を海になんか捨てない

で、自国に持ちこみ、お金に換えて、一生遊んで暮らすが大人の女性て言う生き物じゃないかしら・・・

ジェーン・キャンピオン監督がこの映画を撮るならもっと違っているはね!。『タイタニック』って陳腐な映画! 

 夫は、おあずけをされた犬のように、哀しい目で私を観た。

(つづく)
  1. 2013/09/28(土) 16:31:06|
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