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picture たまに読書

HN harborが撮った写真や絵をアップしていきたいと思います。たまに読書とか、たわいもない話から、真面目な話など。お笑いなんかも・・・

常識って・・・

常識って・・・

 常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションのことを言う (アインシュタイン)


 常識ってなんなんでしょうね。まさに18歳までに身に付けた偏見の総称でしょうね。

たとえば椅子。病院などのソファに満席ならばどこにでも座れず、立っていてもよいらしいですが、待合室にほぼ空席だったら、ソファに座らず、立っているだけも変ですか?いいですよね、あえて立っていても。十人十色なのですから・・・

 車の絵を描いてください・・・という絵のお題があったら、多くの人が左フロントにし、右をせり出して描くと思います。そうじゃないよ!というお方はすみません。でも、私の経験から、ほぼ皆同じ車の構図を取るのです。邪推かもしれませんが、パンフレットや雑誌には、ほぼ、この角度で撮影されているからだと思います。私は、真正面の車を描きたかった。イメージで車の絵を観なければ、想像では描けなかったのです。12,3年前の話です。そして車が大好き、車の雑誌が大好きな方に探していただき、ようやく見つけました。数十ある一冊の数ページに出ていました。真正面の車の絵・・・

 レクの出席の可否・・・パートでお世話になっている事業所のレクに、参加、不参加を〇×で示す表が・・・ありました。
 名前と同じくらいにスペースが取ってありました。私は、ソレを見てゲラゲラ笑いました。皆、少しの意識もなしに、真ん中に書き込んでいるんです。真ん中に書いてくださいなんて一言のアナウンスもないのに・・・私は堂々と右隅によせてとも思いましたが・・・偏見に負けた。世間に負けた。真ん中に印をしておきました。
 情けない。そんな、情けない男の世迷言でした。
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  1. 2014/03/26(水) 17:23:39|
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『金閣寺 三島由紀夫著

 

 『金閣寺』三島由紀夫著

 私が所有している文庫本の中で、同一のタイトルで一番多いのは、三島由紀夫著の『金閣寺』です。新潮社も商売上手で、近年、文庫本の装丁を変えてきました。昔は、白地にオレンジ色の小説名と、灰色で三島由紀夫という名前が踊っていましたが、最近の『金閣寺』の文庫本は金ピカ、一色になっていた。なんともまーと思い、俗で駄目だ。先生がどのくらい本を愛してていたか知っていただけに、この金ピカの『金閣寺』は、なんだかなーと思った。が、結局、実用と保存用に二冊買った。でも、その前の装丁 速水御舟の『炎舞』(部分)が、欲しかったので、それも買った。学生の頃、読んだ金閣寺の文庫は二冊あるが最近の新潮社で発行される文庫本は、文字が大きく読みやすいので、ついつい買ってしまう。商売上手だ、
 小林秀雄氏は、三島由紀夫氏との対談「美のかたち」の中で、『金閣寺』読後の感想を次のように語っている。
 「率直に言うけどね、きみの中で恐るべきものがあるとすれば、君の才能だね。つまりあの人は才能だけだって言うだろう。なにかほかのものがないっていう、そういう才能ね、そういう才能が、きみの様に並外れてあると、ありすぎると何かヘンな力が現れて来るんだよ。魔的なもんかな。きみの才能は非常に過剰でね、一種魔的なものになっているんだよ。」(略) 『FOR BEGINNERAS 三島由紀夫』から抜粋。
 『金閣寺』
足利義満によって建てられ、5世紀にあたって優雅な姿を保ってきた金閣が、林承賢による放火によって焼失したのは昭和25年7月2日のことである。三島由紀夫氏の『金閣寺』は、この林承賢の放火事件に題材を得たものである。そしてひとりの青年の暗い内側を描こうとする。しかし、私は三島氏にも放火魔に近親感があったと思われる。小説『金閣寺』は昭和31年1月から10月まで『新潮』に連載され、同年10月に単行本として刊行された。
 話は変わるのだが、人は知らず知らずの内に記憶を脳裏に入れてしまうこともあると思う。8、9年前に私が書いた文章で「世界が終わるときに僕の認識が終わり、僕の認識が終わるときに世界が終わる。」と書いた。その後、金閣寺を再読し、「しかし世界が変わればおれは存在せず、俺が変われば世界は存在しない。」という箇所に出会った。勿論、意図的に剽窃をしたわけではなかった。どこかの頭の片隅にでもあったのだろうと思う。
 金閣寺のあまりにも美しいが故の、愛憎。自分は拒まれているという妄想。
 認識によって世界は変えれると思う主人公。
心の中で思っているうちは良かった。だが青年僧は金閣を焼くという行為に出てしまった。その青年の孤独。
 戦後、あらゆる、階層の人が参拝者としてやってくる。その妬みと、やっかみも助長したのであろう。その憎悪、自分だけが不幸で、まわりは楽しそうに見える。現実への復讐。自分を受け入れなかった社会への復讐。太平洋戦争が終わった以降、あらゆる詭弁がまかりとおった。その現実への抗議・プロスティテュート。
それ故、青年僧は金閣寺を焼き払おうとしたのだ
  1. 2014/03/18(火) 19:36:59|
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