FC2ブログ

picture たまに読書

HN harborが撮った写真や絵をアップしていきたいと思います。たまに読書とか、たわいもない話から、真面目な話など。お笑いなんかも・・・

『富嶽百景』 太宰治著

『富嶽百景』太宰治著

 言わずと知れた太宰治先生の作品です。新潮社文庫文豪ナビ 太宰治で、田口ランディ先生は、私が読んだ太宰治の中でこう書かれています。

 私は「富嶽百景」という作品が好きで、これを読むと太宰治という人は、なんと文章が上手なんだろうとか、と唸ってしまう。(中略)「富岳百景」など、まさに言葉の絵画だ。

 富士山とそれに向かい合う日々、最初、主人公は、こんな山は、俗で駄目だ、俗で駄目だと言い放ちながら、主人公のそれぞれの心境の変化で、富士山に相対峙するうちに、富士山が変化して見えるてくる。富士山は変わらないのに、主人公の心境が変わっていくのです。
 さまざまな出来事から、富士に対する見方が変わっていく。そこを一つ一つみていくととても面白いと私は思います。どこにも隙が無く見事です。『富嶽百景』は新潮社文庫『走れメロス』に収録されているのですが、その収録作品『ダス・ゲマイネ』の書き出し。当時、私には一日一日が晩年であったとあります。先生はさぞ、苦しかっただろうなーと思います。それが『富岳百景』で、井伏鱒二先生の媒酌で令嬢と祝言をあげ、一市民の平穏な日常の日々に書かれた作品です。やがて『走れメロス』を書きますが・・・
 太宰治先生の作品群を前期・中期・後期にわけたら、この『富岳百景』は中期にあたる作品だそうです。何十回と読み直しましたが、どこをとっても隙のない。色あせることがありません。高校生の現代文の授業で初めて読みました。でも、バブルが始まりだし、日本中が活気立ち、何不自由なく暮らしていたときの高校生のころは苦悩とか、懊悩とかまったくわからなかったのです。それが後年にいたり・・・まー止めておきましょう。
 この富嶽百景の現国のテストこういう問題がありました。

 かえりに、娘さんは、バスの発着場所まで送って呉れた。歩きながら、「どうです。もう少し交際してみますか?」きざなことを言ったものである。「いいえ、もうたくさん」娘さんは、笑っていた。「なにか、質問ありませんか?」いよいよ、ばかである。「ございます」私は何を聞かれても、ありのまま答えようと思っていた。「富士山には、もう雪が降ったでしょうか」私は、その質問には拍子抜けがした。「降りました。いただきのほうに、-」と言いかけて、ふと前方を見ると、富士が見える。へんな気がした。「なんだ。甲府からでも、富士が見えるじゃないか。ばかにしていやがる」(中略)「だって、御坂峠にいらっしゃるのですし、富士のことでもお聞きしなければ、悪いと思って」

 おかしな娘さんだと思った。

ここで何故、主人公は、おかしな娘さんだと思ったか?という問いがありました。

模範解答は、甲府でも富士の頂は見えるし、それを御坂峠にいるからといって、わざわざしつもんするのはおかし
い、と多分なっていたと思っています。

 しかし、ませていた私は、過去に犯した罪や、全ての一切を質問されたとしても、全て、答えようと思っていたはずです。それを富士の話ではぐらかすのは、好意を持っている、このままお付き合いをして、結婚しても良いつもりでいることを暗にいっていたので、おかしな娘さんだと思ったと解答しました。先生は丸をくれました。
 
スポンサーサイト
  1. 2013/01/18(金) 21:25:58|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<『仮面の告白』三島由紀夫著 | ホーム | 『山椒魚』 井伏鱒二著>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://harbor33.blog.fc2.com/tb.php/10-314cdf2a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)