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HN harborが撮った写真や絵をアップしていきたいと思います。たまに読書とか、たわいもない話から、真面目な話など。お笑いなんかも・・・

『山椒魚』 井伏鱒二著

山椒魚』井伏鱒二著

 私の手元に井伏鱒二先生の『山椒魚』があります。新潮社文庫 平成14年3月25五日 90刷とあります。
なぜ、そんなことに言及しますのは、晩年になって井伏氏が自選全集の中で『山椒魚』のラスト部分を削除してしまったからです。って、それは今回、『山椒魚』の事をブログに書こうと思い、知ったのですけど。私の手元の文庫本にはラストは削られていません。
 
 『山椒魚』とは、こういう作品です。あるとき誤まって岩窪に落ち、最初の頃は泳ぎまわろうとしてもなかなか出来ず、二年後には頭が成長し、とうとう岩窪から出れなくなってしまったのです。ある時、蛙が迷い込みますが山椒夫は意地悪をして、蛙を岩窪から出れなくしてしまうのです。そして奇妙な共生生活が続きますが、二年後、最終章で、蛙は「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ。で終わります。
 安易な友情に嫌悪感を井伏氏が抱いたか、他の理由があったのかもしれませんが、私はこれまで、どうして意地悪をされ、山椒魚とともに岩窪から出れなくされた蛙が、山椒魚をおこってはいなかったかが判りませんでした。
 住めば都ということもあるのか?自由に見える岩窪の外の世界も、それはそれで、様々な決まりごとや、掟があり、どこでもおなじなんだと蛙は悟ったからなのかなーと思っていました。敵に見えても、岩窪で生活する仮想敵である山椒緒がいるかぎり孤独に陥らなかったためかもしれません。『山椒魚』は最初『幽閉』と言う題でしたが改題し『山椒魚』になりました。
 山椒魚は諦観していたのかと思います。閉じ込められた世界も外のの自由に思える世界も一緒だと。それか、岩窪から一歩も出られない閉塞した場所は二匹にとって修行の場だったかもしれません。『山椒魚』なんともやりきれないお話でした。
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  1. 2013/01/14(月) 04:09:10|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

山椒魚、懐かしいです。
確か学生の頃の教科書に載っていた話だったと記憶しています。
内容はすっかり忘れてしまいましたけれど、ハーバーさんの記事を読んで、なんとなく思い出しました(笑)
確かに、「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ。」のセリフ、不思議ですよね。
ハーバーさんの解説(「住めば都」等)で、もしかしたらそうだったのかもしれないと納得しました。
  1. 2013/01/19(土) 14:48:34 |
  2. URL |
  3. Kanna #3nHHlvNk
  4. [ 編集 ]

コメントをお寄せくださりありがとうございます。

Kannaさんへ

 『山椒魚』が教科書に載っていましたか!私はこれをかなり後になって読みました。この作品の最後はどうとでもとれますよね。何故、作者の井伏鱒二先生は,晩年になって自選全集でラスト部分を削除してしまったか?私にはわかりません。
 この(『山椒魚』『幽閉』を改題)小説に、太宰治先生は衝撃を受けて、井伏鱒二先生を師と決めたそうです。『山椒魚』は悲劇なのか、苦悩なのか、寓話なのか私には解りません。ただ井伏氏の諦観はあったと思います。逆流に逆らいズンズン突き進んでいった弟子の太宰治先生と、天寿を全うした井伏先生。諦観があるゆえに、長寿であったのかとも思いました。私は周りの人から、ほどほど、ボチボチ、焦らず、ゆっくり、とアドバイスされます。せっかちなのは自覚しているので諦観、諦観と念じてこれから生きていきたいです。では
 
  1. 2013/01/19(土) 17:58:27 |
  2. URL |
  3. HARBOR33 #-
  4. [ 編集 ]

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