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picture たまに読書

HN harborが撮った写真や絵をアップしていきたいと思います。たまに読書とか、たわいもない話から、真面目な話など。お笑いなんかも・・・

谷崎潤一郎著 『刺青・秘密』を再読

 いきなりですが・・・

 金曜日に、仲間内で、谷崎で、お薦めの本はありますか?と尋ねられました。私は思案しながら、(新潮文庫から発刊されている谷崎潤一郎氏の小説は全て読んでいました。けれど、それはもう、二十数年前のこと・・・こと細かい記憶はないのですが、)ミステリーのような構成で、書かれた、氏の『鍵・瘋癲老人日記』にドキドキし、『鍵』がお勧めだと思い、そう答えました。私も、薦めた以上、再読しようと思い、本棚の奥を探しました。まさか。、自分が再び谷崎潤一郎氏の小説を読もうと思うなんて・・・ないなーと思っていました。本棚に、あるある、でも、再び谷崎潤一郎氏の小説は読もうとも思いませんでした。アブノーマル・・・怖いよーと思いました。何故、学生のころ、あんなに谷崎潤一郎氏に惹かれたのに・・・ 『刺青』なんて、ものすごく嵌まって、美容室を舞台に書きたいなーと大学一年生の頃は思いました。結局、文芸部に在籍したのに、小説はかけませんでした。だって、文豪の先生方がものすごいんだもん。結局、26,7歳の時、『picture』という短編しかかけませんでした。それぐらい、才能がなかったのです。努力もしませんでした。今はね・・・でも、生きていれば一作は誰でもかけるそうです。話が脱線しました。
 他の谷崎氏の文庫本はあるのに、『鍵・瘋癲老人日記』だけが欠けています。これって何かの啓示かも・・・谷崎氏にはかかわるな・・・そう言いつつも、『刺青・秘密』を読んでしまいした。谷崎氏は、耽美派の作家とされていますが、まさに・・・です。
 『鍵・瘋癲老人日記』は読もうと思います。
 
  1. 2015/04/15(水) 18:51:03|
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ナンバーワン

ナンバーワン

 最近、創作の暇を見つけて、『村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる』 佐藤幹夫 PHP新書を読んでいます。
 良書だと思います。村上春樹氏が好きな方は、是非にとお薦めします。

 『ノルウェイの森』で、主人公 僕ことワタナベトオルが、彼らが読むのは高橋和巳や大江健三郎や三島由紀夫・・・
 『羊をめぐる冒険』でも、冒頭から、三島由紀夫先生の事を書いています。11月25日・・・今年も・・・もうすぐ
 
 私は学生のころ、太宰治先生よりは長生きしようと思い、それを越えることが出来ると、次は、三島先生が自決なさった日までの年齢は越えようと思っていました。去年無事に越えられました。去年の不安と緊張・・・言葉に出来ませんでいしたが。
 私事で恐縮ですが、学生のころのナンバーワンの小説は、オスカーワイルド著『ドリアン・グレイの肖像』でした。
 そしてその後に、三島由紀夫先生の『仮面の告白』に出会い、『金閣寺』出会うのです。『仮面の告白』を読んだ日の事は忘れません。三軒茶屋の『吉野家』で、読み始めたら最後、2,3時間、吉野屋にいたかなー?店主さんも店員さんも、一言も
文句を言ってきませんでした。それに甘えたのですが・・・、そして『金閣寺』にたどり着きます。文芸部の先輩が、三島由紀夫の小説には、当たりはずれが多すぎる。『沈める滝』のどこが面白い?!と言われ、まさにその通りと思いました。でも、先輩は、何故、『沈める滝』なんて読んでいるのかなーと思いました。そして流石と思いました。・・・でも、最近になって読んでいますが、まさに言葉が、コンコンとわいて出てくるのは、流石に先生です。学生のころはそんな自信がありませんでしたが、今では、アマチュアの小説の中にまぎれて、『沈める滝』があって、どれが、三島由紀夫先生の小説なのか?問われても選び出す自信があります。そこまで先生の小説は凄いのです。

 その後、村上春樹氏の『ノルウェイの森』を、二十数回読み直し、私のナンバーワンは、この『ノルウェイの森』だと思いました。そのことを自身のHPに書きました。が、ここにきて、三島由紀夫先生の『金閣寺』を読むと・・・
 めちゃくちゃにページを開いても、どこでも、毎回、決まってそのコンコンと溢れてくる活字に圧倒されます。やはり、ナンバーワンは、私の場合は『金閣寺』か?

 どのみちナンバーワンを決めること自体が無粋なのか???
 東の横綱が『金閣寺』西の横綱が『ノルウェイの森』ということになりました。
  1. 2014/11/16(日) 19:35:16|
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『金閣寺 三島由紀夫著

 

 『金閣寺』三島由紀夫著

 私が所有している文庫本の中で、同一のタイトルで一番多いのは、三島由紀夫著の『金閣寺』です。新潮社も商売上手で、近年、文庫本の装丁を変えてきました。昔は、白地にオレンジ色の小説名と、灰色で三島由紀夫という名前が踊っていましたが、最近の『金閣寺』の文庫本は金ピカ、一色になっていた。なんともまーと思い、俗で駄目だ。先生がどのくらい本を愛してていたか知っていただけに、この金ピカの『金閣寺』は、なんだかなーと思った。が、結局、実用と保存用に二冊買った。でも、その前の装丁 速水御舟の『炎舞』(部分)が、欲しかったので、それも買った。学生の頃、読んだ金閣寺の文庫は二冊あるが最近の新潮社で発行される文庫本は、文字が大きく読みやすいので、ついつい買ってしまう。商売上手だ、
 小林秀雄氏は、三島由紀夫氏との対談「美のかたち」の中で、『金閣寺』読後の感想を次のように語っている。
 「率直に言うけどね、きみの中で恐るべきものがあるとすれば、君の才能だね。つまりあの人は才能だけだって言うだろう。なにかほかのものがないっていう、そういう才能ね、そういう才能が、きみの様に並外れてあると、ありすぎると何かヘンな力が現れて来るんだよ。魔的なもんかな。きみの才能は非常に過剰でね、一種魔的なものになっているんだよ。」(略) 『FOR BEGINNERAS 三島由紀夫』から抜粋。
 『金閣寺』
足利義満によって建てられ、5世紀にあたって優雅な姿を保ってきた金閣が、林承賢による放火によって焼失したのは昭和25年7月2日のことである。三島由紀夫氏の『金閣寺』は、この林承賢の放火事件に題材を得たものである。そしてひとりの青年の暗い内側を描こうとする。しかし、私は三島氏にも放火魔に近親感があったと思われる。小説『金閣寺』は昭和31年1月から10月まで『新潮』に連載され、同年10月に単行本として刊行された。
 話は変わるのだが、人は知らず知らずの内に記憶を脳裏に入れてしまうこともあると思う。8、9年前に私が書いた文章で「世界が終わるときに僕の認識が終わり、僕の認識が終わるときに世界が終わる。」と書いた。その後、金閣寺を再読し、「しかし世界が変わればおれは存在せず、俺が変われば世界は存在しない。」という箇所に出会った。勿論、意図的に剽窃をしたわけではなかった。どこかの頭の片隅にでもあったのだろうと思う。
 金閣寺のあまりにも美しいが故の、愛憎。自分は拒まれているという妄想。
 認識によって世界は変えれると思う主人公。
心の中で思っているうちは良かった。だが青年僧は金閣を焼くという行為に出てしまった。その青年の孤独。
 戦後、あらゆる、階層の人が参拝者としてやってくる。その妬みと、やっかみも助長したのであろう。その憎悪、自分だけが不幸で、まわりは楽しそうに見える。現実への復讐。自分を受け入れなかった社会への復讐。太平洋戦争が終わった以降、あらゆる詭弁がまかりとおった。その現実への抗議・プロスティテュート。
それ故、青年僧は金閣寺を焼き払おうとしたのだ
  1. 2014/03/18(火) 19:36:59|
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『風の歌を聴け』村上春樹著

 昨日、読みました。もう、十回目かな?村上春樹作品は、何度、読んでも飽きさせない魅力があると思います。
 『風の歌を聴け』は、群像新人文学賞を受賞し、1979年に、文芸誌『群像』で発表されました。
 話しを元に戻させていただきますと、何十回読んでも、飽き足りないのは常に新いい発見があるところでしょうか?個人的にはそう思います。

 まー今回の記事を書かせていただくまえに、ウィキペディアを見ました。
 村上春樹氏が執筆されていた当初の課題は『ハッピー・バースディ、そして、ホワイトクリスマス』だったそうです。さらに、これ等の部分、本の表紙の上部に小さく英語で書かれていると・・・

 あっー、本の装丁。まったく気付きませんでした。文庫本の表紙に、HAPPYの最期のYだけの片側にあるのですが、BIRTHDAY AND WHITE CHRISTMASとありました。
 単行本はというと、これもHAPPYの最期のYの文字が右だけ残り・・・、こんなところまでは、気付きませんでした。

 そこで、読んでいくと、鼠は小説を書いているのですが、毎年、主人公の僕のところにコピーが届くのです。原稿用紙の一枚分に「ハッピー・バースデイ そして ホワイト・クリスマスという箇所があることに気付きました。主人公、僕は、12月24日生まれなのです。

 人は何故、死ぬのか?の解説をしてい箇所もあるのですが、その回答を読んで、それはそうかもしれないと思いました。
 小説の中、レコード店で働いている女の子は双子なのですが、それが次の『1973年のピンボール』の双子との奇妙な生活をしている、あの双子かなー・・・とも思いました。

 でも、全編を通しているのは『喪失』だと思います。或いは『感傷』

 男は過去に生き、女は今を生きる。どこかで聴いたセリフです。本当かなー?でも、周りを見ていて、ふと、そうだなーと思います。

 話しは東京の大学に通う、四年生の僕が、夏休みに、港が近くの生まれ育った故郷に帰省し、その街のバー(ジェイズ・バーと呼ばれている)で、鼠と呼ばれている(本人が鼠と呼んでくれ!というので、鼠の渾名の友人、また、そのジェイズ・バーで知り合うことになったレコード店に勤めている女性、そしてラジオ番組のディスク・ジョッキー、これらが絡まらず、あえて深く絡めようとはしないのかも・・・不思議と切れそうで切れない見事な構成で成り立っていると思います。

 もう、16、7年ぐらい前のこと、バンドをやっている女の子が、言ったセリフ。
 『栄光は一握りの人間だけが、つかむのではなく、一握りの人間しか、栄光をつかむ努力に耐えられない』私はそれを聴いた時、ウォーすげーと思いまいした。今の、そのセリフ、おれが自叙伝を書くときに使って良いかと聴いたところ、即答でO・Kをくれました。自分の夢を叶えることも大切なように、バンドをやっていた皆は、人の夢も大切にしてくれたのだと思います。為せば成る。、彼ら・彼女らは今、何をしているのかわかりません。
 でも、私はここにいる。そんな小説もいいかもね。
 私には、受験戦争の話しはかけるが、太平洋戦争の話しはかけない。15年もスランプだった。しかも、いまは大学全入の時代・・・でも、いまはある。どうしても書かねば成らない話がある。頑張っていこうと思います。
  1. 2013/12/16(月) 20:53:49|
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『ひきこもりなんて、したくなかった』を読んで

 『ひきこもりなんて、したくなかった』林 尚実著 草思社を読み直して

 少数の馬鹿な教員の為に、14才からひきこもり、大学病院の思春期外来、そして養護学校に入り、個人の精神科のクリニックに通い、なんとか波に乗れて、大学に入り、さらにアメリカの大学院に入り、卒業後、就職の面接で
落ちまくるものの、五十社の面接を受けるのが必用と覚悟し、なんとか就職し、社会に適応できたという、半生の書だった。

 そこに描かれている、著者の中学時代の英語・音楽の女性教員に、無性に腹が立ち、また女子の場合は内申書で8割が決まると噂されていた高校受験のあり方にも義憤を感じた。もちろん、著者の主観もあるから、全部を事実として鵜呑みに出来ないが・・・

 彼女の通った中学の英語の定期テストに疑問を感じ、ただただ教科書を暗誦し、それを書けというものだった。古文も教科書の暗誦。彼女はそんな試験に意味はないとして、白紙で出す。あー俺の高校時代と同じことをしているなーという親近感が湧いた。英語の教科書の暗誦。そんなものまったく意味がないのである。彼女の分析通り、その中学でよい成績を取っている生徒も、模試になるとほとんどが低得点しか取れないのであると・・・私の高校でも、英語の定期テストの、14章の英文を書き写しなさいと出題され、はー???と思った。日本語の文章が添えられていて、それを英作文しなさいというのなら出題意図はわかるが、ただ何章の英文をを暗誦しなさいでは、なにも英語力がつかないでしょうがと思い、白紙で出していた。というよりそんな定期テストなんて無意味だから、暗記もしなかった。やはり私の高校も、定期テストでは良い成績を残すものもいたが、進研ゼミなんかの模試の結果をみると惨敗していた。あたりまえである。あんなテストをだすからである。

 彼女の担任で英語教師と音楽教師を兼ねる女性教師は、彼女の英語と音楽に2をつける。彼女はなんとか県立の
普通高校に通いたいと思い、塾に通う。トップレベルのスコアーをたたき出す。でも学習塾の講師も彼女の内申書の成績に首肯出来ないのである。なぜ、これほどできる彼女の内申書が、こんなにものすごい低いのか?彼女は県立の普通高校に入りたいと思い、塾の門をたたいたが、内申書の成績が・・・私はどこの県を舞台にしているのか?どうして内申書ばかり重視するのか(女子は8割が内申書で決まる???)なんだそりゃと読み進めながら、彼女の境遇に同情し、学校教育制度に腹が立った。彼女は14歳の時に、不登校になってしまう。教室にいると息苦しいと・・・

 それからの苦しい日々、彼女は多くの心ある人々に支えられて、社会復帰する。その半生記である。

 学校関係者の方々、是非、一読してみてください。
 



















  1. 2013/09/04(水) 05:57:07|
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